「お待ちしていました、ミス・遠坂、レディ・イリヤスフィール。聖堂教会から司祭の後任として来ました、カレン・オルテンシアと申します」
そう言う少女には、壊れかけのオルゴールの様な儚さがあった。
一章:V/紫陽花
「…結構酷いわね、リン」
「えぇ、この辺りの魔力が根こそぎ持っていかれたのね」
町内はまだ日が出ているにも関わらず、まるで聖杯戦争の時に戻ったように静まりかえり、雀やカラス、野良猫の姿もない。
「だいたい士郎の家から半径200m位の範囲ってとこか…」
「リンは知らなかったの?サクラの能力」
「…昔、お父様から聞いた事があるわ。桜には“虚数”の魔術特性があるって。でもこんな事になるとは…、桜自身もこんな事は初めてだって言っていたし」
「さっきサクラが言っていたんだけど、マキリの魔術には“吸収”っていうものがあるらしいわよ」
「そうね、もしかしたら二つの魔術が融合する事で予想外の事が起きたのかも…あの影の虫にしたって同じかもね。でも、桜だけじゃなくて士郎の方も問題よ」
「えぇ、宝具の投影だけじゃなくて真名の解放もできるなんて…」
…あの後、イリヤと一緒に衛宮邸の周りを調査していた。
幸い人命に関わるような事態は避けられたけど、二人の魔術の鍛練をするたびにこれではどうしようもない。
戻ったら今後の事についてまた話し合わないと…
「ただいま」
「おかえりなさい姉さん、イリヤさん。あの…」
玄関に入ると、桜が心配そうな顔で出迎えてくれた。
「ここではなんだし、とりあえず居間へ行きましょう。士郎は?」
「はい…。あっ、先輩だったら居間であの子達の面倒を見てもらってます」
「おかえり二人とも。なぁ見てくれよ、こいつら人懐っこいんだ」
「…あんた、よくそんな得体の知れないモノと仲良くできるわね」
居間では士郎がさっき現れた影の虫と遊んでいた。
虫達は私の姿を見ると士郎の後ろに隠れ、桜が居間に入ってくると桜の影に素早く溶け込んでしまった。
…どうでもいいけど、なんで士郎にはなついて私とイリヤには怯えるのかしら?
「で、どうだったんだ?」
そう聞いてきた士郎は、いつの間にかお茶とお菓子を用意していた。
私は皆が座るのを待って話を始めた。
…………
………
……
…
「そうですか…」
話を聞いて桜は俯いてしまった。
「桜、気にすることはないわよ。…けど、司祭様にお説教はされると思うけど」
イリヤと私は深く溜め息をつく。
それというのも、その聖杯戦争の事後処理で冬木の教会に来た司祭が…これがまた豪快なおじいさんで…まぁ、悪い人じゃないんだけど。
「とりあえず、これからどうするかだけど…まず、桜。私とイリヤでその虫達とさっきの魔術の事を調べるから協力してちょうだい。それと、判るまで魔術を使っては駄目よ」
「はい」
「次に衛宮くん」
「は、はいぃ!」
私が士郎の事を名字で呼ぶ時は、何かしら怒っている時だ。
その事は士郎も十分理解しているようなので、けん制として利用している
「まずは…きっちりと説明してもらおうかしら?」
「せ、説明と言いますと…」
「どうして宝具の真名の解放なんかできるのかってことよ!」
「うっ…え、えっと…何て言うか、セイバーがあの剣を扱っているイメージが剣から流れ込んできたんだ」
「…うそ、担い手の記憶まで投影できちゃうの…」
あり得ない…投影魔術ではそんなことまでできるはずないわ。いったい何者なのこいつ…
私は余程恐い顔をしていたのだろうか、士郎がガタガタと震えている。
「で、でも、いつもできるわけじゃないよ。真名の解放に必要な魔力は俺一人じゃまかなえない。それに記憶を真似るのも限度がある。セイバーそのものにはなれないよ」
…成る程、別に身体能力が上がるわけじゃないんだ。
どんなに凄い英霊の宝具を投影しても、士郎にそれを扱えるだけの技量と身体能力がなければ意味がないのね。
「だったら士郎は新しく魔術を覚えるよりも、戦闘技術を高める鍛練をした方が良いわね。暫くは桜の事で手が一杯で教えてあげられないから、そうしなさいよ」
「そうだな。でも…戦闘技術なんて誰に教われば良いんだ?まさか藤ねぇに頼むわけにはいかないし」
「なら、リズに相手をしてもらえば良いわ。彼女は戦闘用のホムンクルスだし十分対戦相手になるわよ」
「!?ちょっとイリヤ!戦闘用のホムンクルスなんて…!」
「大丈夫よ。鍛練と実戦の区別ぐらいできるし、彼女なら今のシロウの対戦相手にピッタリだわ。呼べば直ぐに来るけど、セラも必ず付いてくるだろうからもう一部屋貸してもらうわよ。あと、タイガの説得を宜しくね」
……こうして、その日のうちに衛宮邸に新たに二人の住人が加わり、今まで以上に騒がしい生活が始まった。
…まぁ、一番騒がしいのが藤村先生なのは相変わらずだったけど。
ドガンッ!!
「うおあ!?」
超重量の鉄槌が叩き付けられ、かなり大きく地面がえぐられる。
冗談じゃない!あんなのをまともにくらったら即死じゃないか!
「ちょ、リーゼリットさん!殺す気ですか!?」
「大丈夫。直撃はさせない」
「そんなの直撃しなくたって、掠っただけで致命傷ですよ!」
…一夜明けて、やけに人口密度と品目が多い朝食(俺と桜が作った和食に加え、セラさんが作ったドイツ料理)が終わり、藤ねぇも出勤したので俺は早速リーゼリットさんと鍛錬をしている。
他の三人は、遠坂の部屋で桜の事を調べているようだ。
「ふっ…情けない。リーゼリットはそれでもかなり手加減しているのですよ」
「セラさん…そんなこと言ったって」
リーゼリットさんと瓜二つの容姿をした(一か所だけ明らかにボリュームに劣るが)セラさんは、不機嫌な表情で縁側に座りこちらを見ている。
俺の鍛錬にイリヤやリーゼリットさんを付き合わすことが不満なようで、かなりキツイ目で睨まれ、辛辣な事を言われる。
けど、なんだかんだで結界を張ったり、協力してくれているんだよな。
ブオンッッ!!
「うわっと!!」
横薙ぎの払いで起こされた風圧で、後ろに吹き飛ばされる。
…それにしても、あのハルバートを軽々振り回すなんて、サーヴァントには及ばないまでも戦闘用のホムンクルスっていうのもヤバいな。
遠坂が驚いていた理由が解ったよ…
「次いく、シロウ」
ハルバートを正面に構えると、強く地面を蹴り戦車のように突進してくる!
それを横跳びでかわす!
ズガンッ!!
俺がいた場所にハルバートが突き立てられる…
…!?そしてそのまま片手で間髪入れずに横薙ぎの払いを!?
バキィィ!!ズガッ!ザァァァ…
とっさに強化していた木刀で受けるが、それも簡単に砕かれ、地面を滑るように吹き飛ばされる。
木刀を握っていた手がしびれるし、打ち付けた個所がズキズキ痛い。
「油断いけない」
うずくまる俺の目の前にハルバートが突きつけられる。
…殺された。
リーゼリットさんが敵であれば、今ので確実に殺されている。
『衛宮士郎は戦いにはむかない』
…アーチャーに言われたことを思い出す。
聖杯戦争を勝ち残り、魔術の成功率が上がったことで少し自信過剰になっていたのか…。
リーゼリットさん相手に、あのハルバート相手に強化した木刀で挑むなど自殺行為だった。
…昨日の回路を強制的に開いた反動で体の感覚がずれていて、遠坂から投影はしない方が良いと言われていたが…そうは言っていられないな。
「まぁ、当然ですね。リーゼリットはお嬢様の護衛として造られた戦闘専門のホムンクルス。封印指定の執行者や、教会の代行者とだって近接戦闘では後れはとらないでしょう」
今の俺では、カリバーンを投影したとしても勝てないだろう。
以前バーサーカーと打ち合った時のように、力負けしてしまうのがおちだ。
真名を開放できれば話は違うだろうが、一人ではそれも出来ない。
「シロウ、まだ続ける?」
「はい、もう一度お願いします」
「…ふん、懲りない男」
…ならどうする?
今殺されたのは相手の力量を読み誤り、攻撃の先読みを怠ったからだ。
リーゼリットさんは明らかにパワーファイター、いちいち攻撃を受けていたら身が持たない。
そうすると攻撃はかわすしかないが…
…ハルバートの攻撃は強力だけど直線的だ。
それに技の連携の型も限られてくる、振り下ろしからの払いと突きからの払いだ。
もちろん違う技もあるだろうが、今の段階ではその二つを予想すれば良い。
「始める、シロウ」
またリーゼリットさんが突進してくる。
…一撃目は隙の大きい払いは無い、振り下ろしか突きがくるはすだ。
問題はそれをかわした後にくる片手払い…ハルバートの大きさも加わり、リーチが長いからいくら大きく跳んでもかわしきれない。
なら、あの一撃を受け止められるだけの物が必要だ…
ズガンッ!!
ハルバートが振り下ろされる。
それをまた横跳びでかわす。
ブオンッ!
そして、追撃の片手払いが繰り出される。
…この一撃を受け止められる剣を…
そう、あの狂戦士が持っていた岩の大剣を創りあげる!!
「投影、開始!!」
ガキィンッッ!!
「む…」
「なっ!?あの剣は!」
岩の大剣を盾代りにして攻撃を受け止め、素早くリーゼリットさんの懐に潜り込む。
…片手払いを放った体制で、しかも超重量のハルバートだ、懐に入られたらどうしようもないだろう!
渾身の力を込めた拳打を放つ!
「勝機!!」
バシィ!!
「なっ!?」
リーゼリットさんは顔色一つ変えず、空いた手で難なく拳を受け止めると、そのまま俺を片手で投げ飛ばした。
ブオンッ!ドカッ!バタ…
背中から激しく地面に打ちつけられ、むせかえる。
「げほっがはっ!ぐっ…!」
また目の前にハルバートが突き付けられる。
ちくしょう、また負けちまった…
「シロウ、惜しかった」
そう言うとリーゼリットさんは倒れている俺を抱き上げ、縁側に寝かせてくれた。
「今朝はこれでおしまい」
「…そう、ならこの虫たちは魔術刻印そのものなわけね」
桜に、虫たちについて解るだけのことを話してもらった。
姉としては複雑な気持ちだけど、今はこの状況を整理する方が先だ。
「数は…蜘蛛と蟷螂と芋虫のようなモノの計三匹…」
「いえ、実はもう一匹いるんです。…よいしょ」
そう言うと桜は自分の影の中に手を入れ、丸まった状態の芋虫を引き出した。
「この子あまり動かなくて、いつも影の中に閉じこもっているんです」
「…まだいたの」
…私だって女だ、ソフトボール大の芋虫は少し抵抗がある。
桜、あんた凄いわね…
「…ところで桜、昨日の事についてなんだけど、まずあなた“虚数”って解る?」
「いえ…」
「…“虚数”っていうのは、“実”を表とするなら裏に当たるものよ。二つは表裏一体で実があれば必ず虚数があるわ。光があれば影ができる、愛があれば憎悪も生まれるように自然、概念に関わらず全てのモノの裏の存在。…あなたは虚数の特性を持っているのよ」
「虚数の特性として、憎しみ、怒り、悲しみ、嫉妬…そういう負の感情全てを貴女の魔力にできるわ。…まぁ、とりあえずは影を自在に操る力とでも覚えておけば良いと思うけど」
「そうですか…じゃあ、昨日の事は…」
「…おそらく、今まであなたの力を抑えていた物が殺されたからじゃないかしら。その刻印虫たちもその時に影に移ったんだろうし。…魔力を吸収したのはマキリの魔術の特性でしょうけど、際限無く吸収してしまったのは虚数の特性ね。
本当なら際限が無いから集まった全ての魔力を吸収できるんだろうけど、一度に吸い込める量にはあなたの影っていう制限が付くから、吸収しきれなかった魔力が暴走しちゃったのね」
「そうすると、私がこれからするべきことは…」
「とりあえず、貴女の持つ魔術について調べながら使いこなせるようにする事が一つ。それと、この虫たちは見かけによらず相当なレベルの妖獣よ。たぶん…こいつらはまだ幼態、なんとかして成態にしたいわね」
「イリヤの言うとおりね。後で私の家に行って、何か関係がある文献がないか探してみましょう。…ところで、音が止んだわね」
さっきまで士郎たちがドンパチやっていた音がしていたのだけれど、今は聞こえない。
もう終わったのだろうか?
「…むこうは終わったみたいね。時間も時間だし私たちもひとまず解散して、続きは昼食の後にしましょう」
「はい、お二人ともどうもありがとうございました。じゃあ私、先に行って準備を始めていますね」
「あっ…桜、私も手伝うわ」
「えっ?…はい、お願いします」
「それじゃあわたしは、シロウたちの様子を見に行ってこよーっと」
そうしてその場はお開きとなった。
まぁ、色々考えなければならない事は多いけど、とりあえず出だしは順調かな?
「セラ!貴女まで付いていながら、どうしてシロウがこんなボロ雑巾みたいになるまで戦わせたの!!」
「お言葉ですがお嬢様。これは無謀にもリーゼリットに戦いを挑んだ、エミヤシロウの自業自得ではないでしょうか?」
「まぁまぁ、良いんだよ、イリヤ。お願いしたのは俺なんだし、それにリーゼリットさんとの鍛錬は凄くためになったし」
「うん。シロウどんどん強くなった。次から手加減なし」
「り、リーゼリットさん?できれば、しばらくの間は手加減をして頂きたいのですが…」
あの後、コテンパンにされて縁側でリーゼリットさんに傷の手当をされている俺を見たイリヤは大激怒。
以後四十分ほど、場所を居間に移しても言い争いは続いている。
「先輩、あまり無理はしないでくださいね」
「桜の言うとおりね。急がなければならない理由はないんだし、少しずつ上達していけば良いんだから。…さ、ご飯の準備ができたから食べましょう」
エプロン姿の二人が声をかけてくれた事で不毛な言い争いは終わり、全員で食卓を囲む。
…けど、改めて見ると我が家の男女比はおかしい。
男は俺だけ、かわって女性陣はより取り見取りの五人(藤ねぇも数えてやれば六人)。
…いや、なんとも精神的に悪い。
あまり女の子の輪の中に居すぎるのも良くない気がするな。
それに、ここ一ヶ月でエンゲル係数もウナギ登りだ。
俺は面倒を見てもらっている身だけど…今度、食費だけでも少し出してもらえるように頼んでみるか。
……昼食が済み、皆で食後のお茶を飲んでくつろいでいると珍しく電話のベルが鳴った。
「おっ、藤ねぇかな?」
たまにバイト先や美綴からもかかってくるけど、家に電話をかけてくるのは藤ねぇか一成、それと藤村組の人が殆どだ。
俺はなんの気なしに受話器を取った。
「はい、衛宮です」
「もしもし、突然のお電話失礼します。冬木教会のカレンと申します」
…ちょっと驚いた。
受話器から聞こえてきたのは少女のようでありながら、厳格さを持つ初めて聞くような声だった。
…にしても、今冬木の教会に来ているのは、あのお爺さんの司祭さんじゃなかったか?
「はぁ、本日はどのような御用件でしょうか?」
「はい、私はこの度司祭と交代でやって来ました。つきましては、冬木のセカンドオーナー、リン・トオサカ様にご挨拶と、魔術協会からの連絡を伝えたいのです。司祭の方からセカンドオーナーはそちらに住まわれていると伺ったので、ご在宅なら代わって頂けますか?」
「解りました。少々お待ちください」
ふーん、カレンさんかぁ…教会ってことはやっぱり彼女はシスターなんだよな…シスター…修道服…うっ、いかんいかん俺は何を…!
保留にして遠坂を呼ぶ。
「遠坂、お前に用事だって」
「誰よ?」
「あぁ、なんでも新しく冬木の教会に来たカレンさん…うっ」
『カレンさん…』と、言ったところで三人からの鋭い視線に射抜かれた。
…なんでさ…シスター、俺、何かしましたか?
「解ったわ」
遠坂は俺をもうひと睨みすると、受話器を取った。
「もしもし、お電話代わりました」
…少しして、遠坂が戻って来た。
「ちょっと冬木教会まで行って来るわ。イリヤ、あなたにも用があるらしいから一緒に来て」
「わたしにも?」
「そう、なんでも魔術協会の方からの連絡って言っていたけど、たぶん聖杯戦争がらみね。ごめんね、桜、今日は士郎と待っていて」
「はい」
「わかったわ。セラ、車の準備をしてきて。リズはわたしのコートを持ってきてくれる」
「かしこまりました」
「わかった」
…そうして四人は出かけて行き、屋敷には俺と桜だけが残った。
「…ところで先輩」
「何だ、桜?」
「カレンさんって女の子ですか?しかも若い」
「いや、若いかどうかはわからないけど、声からして女の子だと思うよ」
「…そうですか」
「でも桜、どうして…」
「別に…なんでもありませんよ?」
…sister、俺、何かしましたか?
……教会に着いた。
冬木の教会は高台にあるので風が強い。
いくら暖かくなってきたとはいえ、まだ三月の下旬。
どうやら、コートを厚手の物にしてきて正解だったようだ。
…この教会に来ると、何故か心の内を見透かされているような嫌な感じがしてならない。
それが以前まで綺礼が管理していた所為なのかどうかはわからないけど、あの司祭さんがやって来てからは少し雰囲気は和らいでいた。
…けど、それも今はあの頃のように戻ってしまっている。
扉の前までくると、向こう側からパイプオルガンの音色が聞こえてきた。
…少し重い扉を開き、中に入った…
私たちが入ってきたことに気づいて少女は指を止める。
一瞬の静寂の後、その少女は私たちに歩み寄り口を開いた。
「お待ちしていました、ミス・遠坂、レディ・イリヤスフィール。聖堂教会から司祭の後任として来ました、カレン・オルテンシアと申します」
…少しウエーブがかかったイリヤよりも暗い銀色の長髪、くすんだ黄色い瞳、年齢は私より下だろう。
私の目の前にいる少女は、まるで壊れかけのオルゴールの様な…壊れかけの物が内包する儚さを持った美少女だった。
「はじめまして、冬木のセカンドオーナーの遠坂凛です」
「はじめまして、シスター・カレン。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンです」
「突然の召集、申し訳ありませんでした。ここではなんですし、どうぞ」
そう言って彼女に連れられて客間へ向かう。
「ふぅ〜。予感的中ね、リン」
「まぁ、士郎は思っていることが直ぐに顔に出るからね」
通された客間のソファーに座り待っていると、銀のトレーを持ったカレンがやって来た。
「大したおもてなしもできませんが」
私たちの前にカップを置き紅茶を注ぐ。
なかなか手慣れているようだ。
「こちらはご自由にお使いください」
砂糖とミルクの入った小瓶とスライスされたレモンを置いて、彼女は私たちの向かいのソファーに腰を下ろした。
「それで、私たちを呼び出したって事は、話っていうのは聖杯戦争がらみの事なんでしょ?」
「…いえ、聖杯戦争の事後処理については、御二人のご協力のおかげで司祭がほとんど終わらせていますので、御二人に新たにお聞きする事はありません」
「それじゃあ、どうして?」
「…では、まずは本題に入る前に昨日の事についてのお話を伺いたいのですが」
うっ…、この子なかなか話なれてるわね。
相手の弱い所から話を始めるなんて…
「はい、実験で予期せぬアクシデントがありまして。でもご安心ください、きちんと処理は終えています」
「…そうですか。私は魔術協会の者ではないので聖杯戦争に関わる事でなければ詳しく言及するつもりはありませんが、今後同じような事がないようにしてください」
「承知しています」
くぅ〜、確かに私たちのミスだけど、ここまで澄まして言われると腹が立つ〜。
「はい、よろしくお願いします。…それでは本題ですが、御二人に魔術協会から預かっている物があります」
そう言って、私とイリヤに手紙をそれぞれ差し出した。
「中身に関して、私の方では関知しておりません。今日御二人をお呼びしたのは、先の話とこの手紙をお渡しするため、後は今後の事について二三確認をするためです」
…そうして小一時間ほど話をし、私たちは帰宅した。
……見送りを済ませて聖堂に戻って来た。
椅子に座り、鍵盤に指を置く。
…どうやら私はこの教会が気に入ったみたいだ。
特にこのパイプオルガンは、音色から鍵盤の冷たさまで肌に合う。
指に力を入れて鍵盤を押す。
聖堂の中には厳かな重圧が響く。
…洗礼詠唱。
小さな頃…いや、もっと以前私が赤子の時から聞いていたのかもしれない。
「この魂に憐れみを…」
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